shizuのタフな日々   ~私と仕事とシングル介護~

フットケア・心身メンテナンス「ハーモニー」主宰・マツサカのカミングアウト人生。 人生投げ出したいこともあったけど今はタフ。これからも淡々とワクワク生きていきたい備忘録。

カテゴリ: 自分について

IMG_4218

何かとバタバタ続きで(いつも)
すっかりサボってしまったブログですが
今日の出来事今日のうちにしたためたい。

私的には、親の尊厳を守るために(?)シモ関係の出来事は避けて通ってきたのですが
いや、やはり「介護とは下の世話」ということで。
(今回はシモの話題ですので、お食事中は避けていただいた方が良いかもしれません)

今朝、異臭で目が覚める。
ん?猫がウンチしたかな?と思ったけれどそれにしては凄い匂い。
これはもしやと母の部屋へ駆けつけると
やはり・・・・・
就寝時は当然パリパリオムツ(履かせるタイプではなく、寝かせてつけるタイプ)を
一晩安心パットと共に着けているのですが

なんとズボンも脱ぎ、オムツもはずし、下半身すっぽんぽんで。
で、下痢ですよ;;;
泣くよ。
こりゃどこから手を付けたものか。
まずは私の身支度から。髪をまとめて例の処理用手袋つけて、ウエットシート、アルコールシートを用意して
ゴミ袋も用意して。

なぜ、なぜオムツをはずしたのか
良かれと思って「暖かいズボン、暖かいシーツ、暖かい掛布」にしたのがまずかった。
このところ寒かったりそうでもなかったりで、今朝は気温高め。いやそれにしてもなあ

久しぶりの晴天なので溜まった洗濯しようなんて思っていたけれど、そんなのんびりした趣ではなくなった。
何もかも、ほんとに。マクラにまで、ですよ。
は~~~~
それら一つ一つ、ふき取れるものは拭き取ってからまずは水洗い。順番に。
身体も拭かないと。レンチンタオルで拭くしかない。風呂に入れられないのでねえ!!!
そんなことを繰り返し
結果的に洗濯機は5回も回し・・・・(手洗いした後の物を)

想定外すぎて時間をとられ、一日の流れがめちゃくちゃに。
う~む。

そして当然言動もヘンテコリン。
幸なことに母は暴言をはくことはないけれど、なんでもない事でちょこちょこ呼ばれる
例えば「本の中の女の子にご飯あげたいんだけど」とか、そんなこと。
そういう時は一日のほぼすべての時間をとられる

最近は弁コントロールが難しい。
ショートでは便秘気味の母に「良かれと思って」便の薬を飲ませる看護師。その反動がウチで。
逆ならなあ。ショートで下痢しても風呂にも入れるし、備品もたくさんあるし(家だと布団の数も限られてる)
なにより私一人で処理するってのは・・・

で、母にはその後朝食も昼食も食べさせ、その間の私は飲まず食わずで処理って;;;泣く。
悲しい事にそういう時に限って当日予約のお電話をいただいたり。。。泣く。

しかし不思議なのはこんな想定外が起きようとも
絶望的な気分になったり追い詰められた思いになったりは、ない。
ここ数年、心臓手術以降か
私の肝が据わったようだ。そして自分の人生にも。
それまでは結構ぐちぐち感じていたし、悲観したりもしたものだ
今の状態になる「過程」の方が苦しかったなあ。
あたりまえに今より若いから自分が犠牲になっている感が強くて
ここまでになってしまうと、私もすでに達観しているというか。私だってもうこんな歳だしさ、今からの自分を犠牲にしてるとも思えなくなってきた。(今までの恨み節は山ほどあるけど!)
そりゃあ局面では大きな声出したりキーーッとしたりするけれど。

ただ、一日の始まりがそんな感じであるとその後も気持ちがざわついていてなかなかニュートラルになれない。
今日のように言動がおかしい母に対してはなおさらだ。
いちいちカリカリした態度になるのは当然伝わる。
良くないのは分かっているのだけどうまく自己コントロールができない。

そして
「胸が苦しい」という訴えが夕食後のトイレ移動で出てしまった。
手術後は聞いたことのない訴えが。

母の血液検査数値やムクミ、体重変動などに気を配っている私はその一言に過剰に反応する。
病院に連絡をしたりもろもろのアクションは起こしたけれど
その後ふっと気付いたのは
多分朝から緊張の取れていない母が精神的に追い詰められたのだろうという事。
私にそのつもりがなくてもそうなのだ。
しかしなあ・・・それこそが介護の難しいところで
分かっているけれど24時間全て相手に心沿わして対応するのは不可能なのだ。
仕事ではないので、オンオフがないから。
全てをオンにするなんて無理だから。
介護ってあきらめも大切。「ちゃんとやらなきゃ」という自分の姿勢につぶされる。
相手も私も。

何かの番組でやっていたけど
「死を迎え入れる心構えを始めるのは、当人自らトイレに行けなくなったとき」とか
そうかなー。それはちょっと雑なくくりだと思うな。
死と言うより、そこからが本格的介護の始まりだと思うんだけど。
まあTVだから経験者ではない人向けの発信なんだろう。その位がちょどいいのかな。

こうやって高齢者の状態というのは下降していくのでしょうね。
あとはミスをしないよう、風邪をひかせたり、喉にものを詰まらせたりしないよう
慎重に付き合っていくばかりです。

IMG_1173

今日は母からちょっと離れたお話し。

20年近く前に亡くなった父は高校時代の友人達と高齢になっても深い親交を重ねてきました。
といってもほぼ助けられてばかりだった覚えがありますが・・・

皆さん社会的にも人間としてもとても立派な方ばかり。
その中でも素晴らしい人間力と優しさで社会的弱者に向かい合ってきた方が
「日本で一番大切にしたい会社」日本理化学工業の大山泰弘氏。

メディアでも取り上げられているのでご存知の方も多いと思いますが
社員の7割以上が知的障害者という、全国初の心身障害者雇用モデル工場を立ち上げた心優しく意志の強い素晴らしい方なのです。

個人的にも何度かお会いしてお話しを伺い
穏やかな心の広さに頭の下がる人格者。
ですがそんな方でも就任時に現在のようなスタイルを目指していたわけではなく
何度も訪れた偶然やトラブルによってその都度方向性を模索されていらしたようです。

誰しもが最初から完成された人間であるわけがありません。
私の介護も右も左もわからない所から現在に至るわけで、その間に折々、母との向かい方、自分の人生との折り合いについて考えてきました。
大山さんもやはりその都度、従業員とその家族に向き合ってこられたよう。
その結果「日本で一番大切にしたい会社」となりました。

そして「働く幸せ」を唱え続ける大山氏の心に刻まれた言葉は
「人間の究極の幸せは
人に愛されること
人に褒められること
人の役に立つこと
人から必要とされること」

いくつになっても人は褒められたいし必要とされたい。
そこに自分の存在価値を見いだすことが出来るから。
たとえ寝たきりになっても自分の何かで人が喜んでくれるのであれば
それは必要とされているという事。
今日は顔色が良い、食欲がある、なんでもいいと思うんです
家族や関係者はそれが嬉しい

家族が喜べば本人も嬉しい
幸せというのは連鎖なので周りに広がっていきます。
大変な状況の中でもきっと嬉しい事はあるはずなんだけど
大変に囚われているとそれが分からなくなってしまってグングン大変に引きずられてしまう。
今の私は、状況は大して変わらない(逆に良くない)けど何だか嬉しいし日々喜べることはあります。
昔は囚われてたなー、喜ばしくない状況に。

自分の幸せだけを追求していくとなかなかたどり着けないけれど
大山氏のように状況に巻き込まれながら周りを見据えていくと
いつの間にか人の笑顔に囲まれたり、自分も笑顔になったりしているのでしょうね。

すごい人ってすごいですよ。





アイフォン2016~ 983

昨日たまたまつけた番組で「盲ろう」の子供たちの事をとりあげていて
なんと国は統計も取っておらず実態を把握していないとか国の予算は全くないとか。
「盲ろう」の子供たちをどう育てていくのか、そういう事も全て民間任せ。
それ自体ひどい話で腹立たしく思ったんだけど
海外から招かれた専門家が「盲ろう」の少女に接するシーン
少女が全くの情報なしに他人に接し、恐れながらも一生懸命考えて危害を加えない信頼できる人間だと
答えを出す過程に考えさせられた.
当然彼女の思考には言葉が無い。
言葉が無く、一人で答えを見つけないといけない幼い子供。

そして同日、またタマタマ93歳の訪問診療を開拓したという医師の番組もやっていて。(Eテレ恐るべし)
彼は「在宅で命を終えること」を50年以上信条とし仕事をしてきたけれど
自らが癌におかされ「いずれ息も出来なくなるほどの苦しみがやってきてそれは辛い。その時に入院するか。しかし入院して再度家に戻れないかもしれない。それとも苦しみの中在宅でその時を迎えるか」という選択を迫られる。
そして迷い、答えが出せない。

人間の可能性や、辛さ、信念や迷い。
強さと弱さ。人間らしさ。
そういう事を考えてしまった。

生まれてること自体がすごい事で自分の体を自由に使えることはさらに凄い事。
その上目標を達成するとなると相当に低い確率なんだろう、たぶん。

「何不自由ない体に生まれてきたのだから幸せなのよ」なんてことが言いたいわけではなくて、どんなふうに生れ落ちても生き物は、人間は、すごくて。凄いけど無力でもある。ということ。

世間的に功績を残した人だとしても無力であると同時に
足跡など何も残せていないと思っている人もそんなことはない。存在していることの足跡はしっかりついているということ。

価値観とは照準がどこにあるかで全く違ってくる。
成功したとか出来なかったとかの線引きはないのかも。極論。
固執してはがんじがらめだ。
できるだけ広い視野でもって自分自身、世間、社会、世界を見て感じなくては。

な~~んてことをつつましく考える日もあります。
でもたとえ嘘でも日々楽しく過ごさないとイカンです。

取り留めのない文章。
自分の覚書みたいなものです。m(__)m


IMG_3372

シングルで介護をしていてとなると
よく「自分のことが出来ないでしょう」と言われる。
どうなんだろう。出来ていないんだろうか。

確かに母の在宅を意識せずに外出したり人と会ったりすることは不可能で
介護生活当初、それまで「自分の人生を生きてきた」私には相当のストレスだった。
一人暮らしをしていたということもあり
今更ながらの親との生活。

家を出た人間が親の事情でまた生活を共にするのはなかなか厳しいものがあった。
釈然としない貧乏くじ感。
そうなると、その思いに常にとらわれるように。
あの時期は、いやつい最近までは人にグチをこぼすこともあったし情けない思いをぶつけることもあった。
当然だと思う。

それが母が悪くなるにつれ、腹が据わってきたのか開き直ったのか
今この現状が事実だと淡々と日々を送るように。
それが良いとかそうなるべきだというのではなく「そうなった」
自己防衛かも。
自分を守ったのだと思う。

自分で自分を追い詰めるようなことをなるべく避けた。
ただでさえギリギリの状態だから、これを「辛い」と思ってしまっては逃げ場がない。

諦めとかではなく
これからの人生を思ったところで今はどうにも出来ないのだから、と。
今この現状をそのまま受け止めて、その中でちょっといいことを拾おうと。
想像的でないといわれればそうなのかもしれないけれど、そういう生き方もある。

そんな中で隙間に「自分の時間」を持つ。
タップリではないけれど「自分のことが全くできていない」ことはない。
タップリの人から見れば「出来ていない」のかもしれないけど。

今後はわからないけど
今は樹のようで居たいなと思う。
その場でふわりふわりと風をかわしていきたいなと。(逆風でもね)



IMG_3376

不本意な現状でいると思う事は誰にでもあると思う。

介護なんかしていると特にそうではあるけれど、のみならずどんな状況でも。
他人が羨ましいと思うような生活をしてる人にもきっとあるんだろう。

そりゃあ世の中には昔から思い描いていた自分というものになっている人もいるのだろうけれど
大抵の人は何かしら不満を抱えている。程度の差こそあれ。

二十年近く前、母と同居せざるを得ない状況になった時は絶望したものだ。
一人暮らしをしていたので自分の人生をいくにあたって、今更母と同居と言うのはマイナスでしかないと悲嘆にくれた。
それから長い間、自分は縛られているとずっと思っていたし、行動範囲が狭まり
限られた時間の中、自分の人生構築していくということが不可能だとずっと思っていた。

こうしたかったのにこう出来ない、ああなるはずだったのになれない。と
今の自分でない物をずっと見てきた。
でも、でもそうなると今の自分はどこに行ってしまうんだ?とやっと気づいたのは本当にここ数年。
今の私を見つめないと、と。
今ではない自分を理想像と思い描いて空を見上げても仕方ないのよ。自分の足元見て進まないと滑って転んじゃう。

様々なジャンルのいろんな仕事をしてきて全てがまったく別物のようだけれど、でもその全てが今の私を作っている。
ウロウロといろんな道をさまよってここにたどり着いた。
後悔もたくさんあって、違う選択をしてしまったという思いも人一倍あるけどそれも経験だなーと。

ゴッホ作品のように過去の自分を時代分けして考えることにしている。「赤の時代」「青の時代」「黄色の時代」とか。
様々な色の時代があるので白でも黒でもない今の複雑怪奇な色の自分が出来あがったと・・・

人生何が起こるか分からない。
いい事も、そうでない事も。

むかーし舞台の仕事をしてたときNYに行ってブロードウェイの女優さんと話す機会があった。
どんな仕事をしているのかと尋ねられて
ミュージカルとか船のショーとか振付とか・・・と不安定なんですという答えをしたら
キラキラした目で「素敵!いろいろなことをしているのね!」と。

なーるほどー。
一つの事を極める人はとっても理想で憧れるけど
いろんなことが出来るんですよという生き方もあるのかと思わされた。

何もかもどちらの方向から眺めるのかで出る答えが違ってくる。
上から見下ろすのか、下から見上げるのか。
どちらにしても自分の立ち位置から核となる自分を見つめないとグラグラになっちゃうよねー。
いい意味で自分中心にならないとね。




このページのトップヘ