shizuのタフな日々   ~私と仕事とシングル介護~

フットケア・心身メンテナンス「ハーモニー」主宰・マツサカのカミングアウト人生。 人生投げ出したいこともあったけど今はタフ。これからも淡々とワクワク生きていきたい備忘録。

カテゴリ: 自分について

IMG_0834

私の世代で親の介護をしている人は
若いころ,こんな大変なことを自分が担うとは思ってもいなかったと思う。
それはあの頃
介護とは「特異な例」あつかいだったから。
テレビ番組などを見て、大変だなあと思っていた。私はその一人。

たとえば寝室からの呼び出しベルで夜中ひっきりなしに呼ばれるとか
理解できないことを言い続ける親に声を荒げるとか

なぜこんな他愛もないことに声を荒げるのかと当時は思ったものだった。
介護をする人は孤独なんだな、と。

現在、当事者の私は
たあいもないことを何度も繰り返す母に
声を荒げる。
穏やかに接することができればと心から思うけれど
それには途方もなく発展性のない時間が必用になる。

たあいもない事とは
たとえば「そこに時計あるでしょ。落ちそうだから気になるの」
実際は落ちそうでもなんでもなく
しかも何年も前から同じ位置に掛かっているもの。
それを、穏やかに普通に説明することだってできる
しかし相手はこちらの説明なぞは聞いていないのだ
自分の主張のみを続ける。
そして執着しだすと止まらなくなる。
その時計の位置を直したところで次々にたあいもない心配事が生み出されていくのだ。
とほうもなく続く生産性のないやりとり。

それはきつい。

なので現実社会に生きている身としては早急にその不毛なやり取りを終了したくなる。
強制終了だ。

理由立てて会話が成立する相手とはこんな非人道的手段はとりたくないけど
相手が納得、こちらも納得という運びが無理だからそうするしかない。
しかしこれには自己嫌悪がいつもつきまとう。
母とのやり取りはいつもイライラしていて何かしら怒っていてせわしなくて乱暴になる。

生産性のない生活と不毛な会話と、それをうまくコントロールできない自分と
何もかもがイライラの要因だ。
人間は、楽しいことがあったり達成感があったりドキドキしたり
多少はそういうメリハリ要素の入った人生を送れないと日々がグレーになる。
淡々と繰り返される日々というのはゆっくり落ちていくのと同じことだ。

しかし私は知っている。
これは自分との慣れあいの甘えだと。
淡々と繰り返す日々が実はどれほどありがたい物なのかも知っている。
問題なのはいつも、提供する側ではなく受け取る側の自分なのだ。
自分を守り相手も守るため強制終了しなければならないのであれば
もっと自分を強く持つべき。

状況に飲み込まれてしまっては自分から生きていることにはならない。
わかってはいるんだけど、たまに渦にまかれそうになる。
問題なのは状況ではなく私だからね。

IMG_4843

ぼやぼやバタバタしているうちにもう三月!
大抵の方と同様、ルーティーンに日々を過ごしているとあっという間だ。
自分の時間も構築しなくてはただただ歳とっていくのみ(!!)なので
母のお世話だけに振り回されないようにしないと。

介護対象となる母が現在どのような状態なのか
これまでどのような流れだったのかを記載するとわかりやすいか・・

現在母は要介護4。
介護生活が始まった15年ほど前は認知症と診断されたけれどどうやら違った模様。
当時の体調はつい3年前に診断された進行性核上性麻痺という脳の難病の影響からだったのだろうと
思う。
「思う」というのは、現時点の担当医に昔からの流れをすべて把握しその度毎の原因を解明してもらうのは無理だから。

・もともと狭心症持ち
・13年ほど前に脳梗塞を発症し入院
・11年ほど前に室内で転倒し頭部挫傷
・6年前に室内で転倒し左肩複雑骨折
・四年前に心臓の弁置換手術と冠動脈バイパス手術で二か月入院
・3年前に急性胆管炎で1か月入院、その後進行性核上性麻痺診断

の後、昨年年初めのインフルエンザ発症の影響で歩行困難になりほぼ寝たきりになるという流れ。
ん~~、こうやって書き出してみると整理しやすいわ。

上記の五つの事項。その度毎に、本当にその度毎に
「発見が早くて!」とか「奇跡的に!」などを担当医にたびたび言われると(医者はすべて違う)
いちいち母の生命力の強さを思う。

が、このような流れと加齢により現在は歩行はもちろん着替えもできず
食事は自力で可能なので助かるけれど震顫もひどく左手はほぼ機能せずエプロンつけても汚さず食事は難しい。排泄介助は1時間半に一回。

ショートステイ(宿泊込みのサービス)とヘルパーさんを利用させていただいているけど
一日中ヘルパーが居てくれるわけではないので日中の仕事はやはりステイしていてくれていないと難しい。
仕事柄週末の方が予定は立て込みやすい事もありショートステイは主に週末に利用させてもらっている。

と、まあこのように人の手を借りてルーティーンを回しているわけだ。
当然今の母より状態の悪い方もたくさんいらっしゃるし、介護が重複している方も世間には大勢いる。
頭が下がる事情を抱えて頑張っている方はとても多い。

私の場合、流れからみると今の母の状態はもちろん初めのころに比べると格段に良くないし
時間も取られ、手がかかるという意味では数年前と比較しても自由はきかない。
では私自身の追い詰められ方はどうかというと
これは介護に入ったころのほうが強かった。

原因として、
・介護制度がまだ安定していなかった
・これからどうなっていくかの不安が今以上に大きかった(私自身腹がくくれていなった)
・どのように制度や人に助けてもらえばいいのか全く分からなかった
・今より若いのでおばさんの図々しさに欠けていた
というのがあるのだろう。
そういう不安な中で自分の立ち位置も不安定だった。

どんな介護も大変なんだ。家族構成もちがうし収入だって様々。いろんな事情がある。
「状態の悪い方のお世話の方が大変で介護度が低い方は比較的楽」なんていうことはない。

人に大変さを語ることができない私だけど、友人知人ではなく介護従事者にはおおいに訴えるべきだということも学んだ。
あちらも対象者をたくさん抱えているのでいちいちこちらの思いを忖度してはくれない。
おおいに訴えるべき、相談すべきだ。その気になれば打つ手はある。
そうすると心に隙間がちょっと出来るから「思い込み」から逃れることも出来る。
そして無理のない自己コントロールも可能になる
何が大変て、介護している自分と付き合うこと。

声を荒げたりイライラしたり冷たくなってしまう自分も居るけれど
少なくとも絶望的になることは無くなった。

こうやって行ったり来たりしながら少しずつ移行していくんだろう。

IMG_5411

介護施設(デイサービスやショートステイ)の利用の仕方はいろいろとあって
大前提として週に何回以上、月に何日間までとかあるけれど
そこは人間関係なので、長く利用していると何かと融通してくれたりもする。
ウチの場合は私の仕事が比較的立て込む週末メインで利用させていただいていて
その間は心置きなく仕事もできるしストレスは少ないんだけど
毎回「今回はどんな様子で帰宅するか」が私にとってちょっとした問題になっている。

送迎車から車いすで降ろされた状態を見て「身体機能、脳の覚醒度合」はある程度把握できる
声をかけてもいびきをかき続け眠り続けることもあれば、瞳がやけにギラつきとりとめのないことを常に話し続けることも。
抱えればある程度歩行出来るか、全く足が動かないことも。
帰宅するたびに様子は違う。
そしてその様子は次回のショートステイまで続くのでやっかいだ。

便の様子もそう。
全く便意が見られないと思えば軟便続きだったり、三種類の消化剤をその都度バランスみながら調節しているけどなかなかうまくいかない。
昨夜はなんと二回も下痢騒ぎ。
今回は思考もバラバラなので「〇〇さ~ん!〇〇さ~ん!(知人)」と私を呼ぶ・・・
そして翌日も同様の覚醒状態に延々とつき合わされる。

そういうすべての安定しない状況にこちらが合わせないとならないのはナカナカきつい。
日々の小さなことが潰されていくのは。

自分が埋もれていく感じで、それだけの、細切れの毎日という感覚にとらわれてしまう。
まとまった時間がほしいな~と思う
小さな隙間時間ではなくて、自分を見つめられるまとまった時間が。

何処かへ行くのが好きで、空港や新幹線のホームや、あのざわついた感じから車内に入ると空調が効いていて静かで
その飛行機や新幹線に運ばれていく感じも大好きで
旅先の感覚のみならず、それをしみじみ感じたいから一人旅もとても好きなんだけど
もう何年もそんな時間が取れていない。
そんな時間がとりたいなあ、と思う。

生活圏内ではないところで何かを感じたい。

この「感じたい」という感覚は渇望といってもいいくらいだ。
それは自分を「感じる」ということなんだ。

行きたいところは近距離から遠距離までたくさんあるのにな
一泊でいいんだけどなあ
「感じ」られればきっとまた新しく頑張れるなあ
よし。来年の抱負だな。

IMG_4218

何かとバタバタ続きで(いつも)
すっかりサボってしまったブログですが
今日の出来事今日のうちにしたためたい。

私的には、親の尊厳を守るために(?)シモ関係の出来事は避けて通ってきたのですが
いや、やはり「介護とは下の世話」ということで。
(今回はシモの話題ですので、お食事中は避けていただいた方が良いかもしれません)

今朝、異臭で目が覚める。
ん?猫がウンチしたかな?と思ったけれどそれにしては凄い匂い。
これはもしやと母の部屋へ駆けつけると
やはり・・・・・
就寝時は当然パリパリオムツ(履かせるタイプではなく、寝かせてつけるタイプ)を
一晩安心パットと共に着けているのですが

なんとズボンも脱ぎ、オムツもはずし、下半身すっぽんぽんで。
で、下痢ですよ;;;
泣くよ。
こりゃどこから手を付けたものか。
まずは私の身支度から。髪をまとめて例の処理用手袋つけて、ウエットシート、アルコールシートを用意して
ゴミ袋も用意して。

なぜ、なぜオムツをはずしたのか
良かれと思って「暖かいズボン、暖かいシーツ、暖かい掛布」にしたのがまずかった。
このところ寒かったりそうでもなかったりで、今朝は気温高め。いやそれにしてもなあ

久しぶりの晴天なので溜まった洗濯しようなんて思っていたけれど、そんなのんびりした趣ではなくなった。
何もかも、ほんとに。マクラにまで、ですよ。
は~~~~
それら一つ一つ、ふき取れるものは拭き取ってからまずは水洗い。順番に。
身体も拭かないと。レンチンタオルで拭くしかない。風呂に入れられないのでねえ!!!
そんなことを繰り返し
結果的に洗濯機は5回も回し・・・・(手洗いした後の物を)

想定外すぎて時間をとられ、一日の流れがめちゃくちゃに。
う~む。

そして当然言動もヘンテコリン。
幸なことに母は暴言をはくことはないけれど、なんでもない事でちょこちょこ呼ばれる
例えば「本の中の女の子にご飯あげたいんだけど」とか、そんなこと。
そういう時は一日のほぼすべての時間をとられる

最近は弁コントロールが難しい。
ショートでは便秘気味の母に「良かれと思って」便の薬を飲ませる看護師。その反動がウチで。
逆ならなあ。ショートで下痢しても風呂にも入れるし、備品もたくさんあるし(家だと布団の数も限られてる)
なにより私一人で処理するってのは・・・

で、母にはその後朝食も昼食も食べさせ、その間の私は飲まず食わずで処理って;;;泣く。
悲しい事にそういう時に限って当日予約のお電話をいただいたり。。。泣く。

しかし不思議なのはこんな想定外が起きようとも
絶望的な気分になったり追い詰められた思いになったりは、ない。
ここ数年、心臓手術以降か
私の肝が据わったようだ。そして自分の人生にも。
それまでは結構ぐちぐち感じていたし、悲観したりもしたものだ
今の状態になる「過程」の方が苦しかったなあ。
あたりまえに今より若いから自分が犠牲になっている感が強くて
ここまでになってしまうと、私もすでに達観しているというか。私だってもうこんな歳だしさ、今からの自分を犠牲にしてるとも思えなくなってきた。(今までの恨み節は山ほどあるけど!)
そりゃあ局面では大きな声出したりキーーッとしたりするけれど。

ただ、一日の始まりがそんな感じであるとその後も気持ちがざわついていてなかなかニュートラルになれない。
今日のように言動がおかしい母に対してはなおさらだ。
いちいちカリカリした態度になるのは当然伝わる。
良くないのは分かっているのだけどうまく自己コントロールができない。

そして
「胸が苦しい」という訴えが夕食後のトイレ移動で出てしまった。
手術後は聞いたことのない訴えが。

母の血液検査数値やムクミ、体重変動などに気を配っている私はその一言に過剰に反応する。
病院に連絡をしたりもろもろのアクションは起こしたけれど
その後ふっと気付いたのは
多分朝から緊張の取れていない母が精神的に追い詰められたのだろうという事。
私にそのつもりがなくてもそうなのだ。
しかしなあ・・・それこそが介護の難しいところで
分かっているけれど24時間全て相手に心沿わして対応するのは不可能なのだ。
仕事ではないので、オンオフがないから。
全てをオンにするなんて無理だから。
介護ってあきらめも大切。「ちゃんとやらなきゃ」という自分の姿勢につぶされる。
相手も私も。

何かの番組でやっていたけど
「死を迎え入れる心構えを始めるのは、当人自らトイレに行けなくなったとき」とか
そうかなー。それはちょっと雑なくくりだと思うな。
死と言うより、そこからが本格的介護の始まりだと思うんだけど。
まあTVだから経験者ではない人向けの発信なんだろう。その位がちょどいいのかな。

こうやって高齢者の状態というのは下降していくのでしょうね。
あとはミスをしないよう、風邪をひかせたり、喉にものを詰まらせたりしないよう
慎重に付き合っていくばかりです。

IMG_1173

今日は母からちょっと離れたお話し。

20年近く前に亡くなった父は高校時代の友人達と高齢になっても深い親交を重ねてきました。
といってもほぼ助けられてばかりだった覚えがありますが・・・

皆さん社会的にも人間としてもとても立派な方ばかり。
その中でも素晴らしい人間力と優しさで社会的弱者に向かい合ってきた方が
「日本で一番大切にしたい会社」日本理化学工業の大山泰弘氏。

メディアでも取り上げられているのでご存知の方も多いと思いますが
社員の7割以上が知的障害者という、全国初の心身障害者雇用モデル工場を立ち上げた心優しく意志の強い素晴らしい方なのです。

個人的にも何度かお会いしてお話しを伺い
穏やかな心の広さに頭の下がる人格者。
ですがそんな方でも就任時に現在のようなスタイルを目指していたわけではなく
何度も訪れた偶然やトラブルによってその都度方向性を模索されていらしたようです。

誰しもが最初から完成された人間であるわけがありません。
私の介護も右も左もわからない所から現在に至るわけで、その間に折々、母との向かい方、自分の人生との折り合いについて考えてきました。
大山さんもやはりその都度、従業員とその家族に向き合ってこられたよう。
その結果「日本で一番大切にしたい会社」となりました。

そして「働く幸せ」を唱え続ける大山氏の心に刻まれた言葉は
「人間の究極の幸せは
人に愛されること
人に褒められること
人の役に立つこと
人から必要とされること」

いくつになっても人は褒められたいし必要とされたい。
そこに自分の存在価値を見いだすことが出来るから。
たとえ寝たきりになっても自分の何かで人が喜んでくれるのであれば
それは必要とされているという事。
今日は顔色が良い、食欲がある、なんでもいいと思うんです
家族や関係者はそれが嬉しい

家族が喜べば本人も嬉しい
幸せというのは連鎖なので周りに広がっていきます。
大変な状況の中でもきっと嬉しい事はあるはずなんだけど
大変に囚われているとそれが分からなくなってしまってグングン大変に引きずられてしまう。
今の私は、状況は大して変わらない(逆に良くない)けど何だか嬉しいし日々喜べることはあります。
昔は囚われてたなー、喜ばしくない状況に。

自分の幸せだけを追求していくとなかなかたどり着けないけれど
大山氏のように状況に巻き込まれながら周りを見据えていくと
いつの間にか人の笑顔に囲まれたり、自分も笑顔になったりしているのでしょうね。

すごい人ってすごいですよ。





このページのトップヘ