shizuのタフな日々   ~私と仕事とシングル介護~

フットケア・心身メンテナンス「ハーモニー」主宰・マツサカのカミングアウト人生。 人生投げ出したいこともあったけど今はタフ。これからも淡々とワクワク生きていきたい備忘録。

2018年07月

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私の世代で親の介護をしている人は
若いころ,こんな大変なことを自分が担うとは思ってもいなかったと思う。
それはあの頃
介護とは「特異な例」あつかいだったから。
テレビ番組などを見て、大変だなあと思っていた。私はその一人。

たとえば寝室からの呼び出しベルで夜中ひっきりなしに呼ばれるとか
理解できないことを言い続ける親に声を荒げるとか

なぜこんな他愛もないことに声を荒げるのかと当時は思ったものだった。
介護をする人は孤独なんだな、と。

現在、当事者の私は
たあいもないことを何度も繰り返す母に
声を荒げる。
穏やかに接することができればと心から思うけれど
それには途方もなく発展性のない時間が必用になる。

たあいもない事とは
たとえば「そこに時計あるでしょ。落ちそうだから気になるの」
実際は落ちそうでもなんでもなく
しかも何年も前から同じ位置に掛かっているもの。
それを、穏やかに普通に説明することだってできる
しかし相手はこちらの説明なぞは聞いていないのだ
自分の主張のみを続ける。
そして執着しだすと止まらなくなる。
その時計の位置を直したところで次々にたあいもない心配事が生み出されていくのだ。
とほうもなく続く生産性のないやりとり。

それはきつい。

なので現実社会に生きている身としては早急にその不毛なやり取りを終了したくなる。
強制終了だ。

理由立てて会話が成立する相手とはこんな非人道的手段はとりたくないけど
相手が納得、こちらも納得という運びが無理だからそうするしかない。
しかしこれには自己嫌悪がいつもつきまとう。
母とのやり取りはいつもイライラしていて何かしら怒っていてせわしなくて乱暴になる。

生産性のない生活と不毛な会話と、それをうまくコントロールできない自分と
何もかもがイライラの要因だ。
人間は、楽しいことがあったり達成感があったりドキドキしたり
多少はそういうメリハリ要素の入った人生を送れないと日々がグレーになる。
淡々と繰り返される日々というのはゆっくり落ちていくのと同じことだ。

しかし私は知っている。
これは自分との慣れあいの甘えだと。
淡々と繰り返す日々が実はどれほどありがたい物なのかも知っている。
問題なのはいつも、提供する側ではなく受け取る側の自分なのだ。
自分を守り相手も守るため強制終了しなければならないのであれば
もっと自分を強く持つべき。

状況に飲み込まれてしまっては自分から生きていることにはならない。
わかってはいるんだけど、たまに渦にまかれそうになる。
問題なのは状況ではなく私だからね。

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今年の夏は厳しそう。そして長そう。
基本私は夏が好きなんだけれど
年老いた母と年老いた(?)猫を思うと複雑。

このところ排便コントロールがむつかしい母
全く出ないか出過ぎるか。
出ないのも困るが出過ぎるのも困る
通常一時間半毎のトイレも45分ほどに一回となるので私の時間配分が非常にむつかしい。
起床時に始末しないとならない事も困る(朝はあわただしいので)
こればかりは原因も理由も医者に聞いたところで答えは出ない。
そういうもろもろが増えてくる。

私の読みで判断するしかない。
定期的に行う血液検査の数値もそうで
決して良くはない、でもよくはない数値内で低空飛行をつづけてくれればと思っている。
水分摂取にしても、心臓と腎臓では水分コントロールは真逆
そしてたぶん夏と冬とでは体の状態は一律ではないから投薬も含めこまかい判断は私がするしかない。
手さぐりだ
本人のためを思い、私が出した答えで様子を見ていくしかない。

全くちがうので恐縮だけれど
ウチの猫もそう。

今年18歳になる雌猫
二年前に事情があり引き取った。
家猫だった彼女が当時は野外で暮らしていた。
引き取る少し前、彼女の腰のあたりにシコリがあるなと思った。
触ったらわかるていどの小さなものだった

引き取る際に病院で健康診断をしてもらい
シコリについてもたずねたけれど、高齢でもあり検査をすることで負担もかかる
この状態なら良性でしょうと言われ
そのまま様子をみることに。

今ではおもちゃのボールくらいのサイズに・・・
こぶとり爺さんのこぶのように体位によって移動するやわらかいコブ。
たぶん脂肪腫だろうけれど、なかなかの重さで
眠るすきを狙いキッチンスケールで測ったらなんと160g
彼女が2.5キロなのでそうとうな負担は間違いない
でもどうにもしてあげられない。。
摘出には全身麻酔なので、そのリスクはおわせたくない。

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どうにかしてあげたいと気をもむ私をしり目に
その腰のコブを揺らしながら
歩いたり、ときには走ったりする元気な18歳の雌猫。

同様にリスクを抱えながら生きていく母と雌猫。
少しずつついた付加は本人はにはわかりにくいものだ。

こちらがハラハラしても当人はどこ吹く風。
回復は望めないけれど
低空飛行でできるだけ何事もなく日々を過ごしていけるよう双方を見守っていくしかない。

積極的に回復に向かわせることも大切だけれど
定点観測しながら、悪化しないようにだけを見守る消極的なやりかたも正しいと思う。
それしか選択肢がないこともあるからだ。

私は高齢者(猫)管理人としてたんたんと任務を追行するのみ。


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