shizuのタフな日々   ~私と仕事とシングル介護~

フットケア・心身メンテナンス「ハーモニー」主宰・マツサカのカミングアウト人生。 人生投げ出したいこともあったけど今はタフ。これからも淡々とワクワク生きていきたい備忘録。

2017年04月

アイフォン2016~ 641

今年もどうにか花見をさせた。母に。
やれやれ・・
まあこれは私の為なのだ。私の自己満足のため。
階段しかないウチのマンションからは到底無理なので
ショートステイからUDタクシーを予約し、帰りも「幹線道路のどこそこの信号付近」にお願いします
のかたちでUDタクシーを予約。
介護タクシーよりは気楽に使えますね。
なかなか便利な世の中になりました。

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ところで往診毎に言われるのは「もう本当に奇跡的でしかない!ここまで回復するとは!」
それに合わせてやはり毎回言われるのは「体にタンパク質が十分足りていたからだと思う」ということ。
当然一概には言えない事だけれど、基本「タンパク質」というのは本当に必須栄養素で
特に食事を経口摂取出来ない時は、それまで蓄えていたタンパク質に頼るしかないとのこと。

この冬のインフルエンザは最強で、お亡くなりになった方もたくさんいらっしゃるらしい。
その中でも高齢の母が、インフルによる絶食期間が長かったにもかかわらず
寝たきりにならなかったのは「蓄えていたタンパク質」のおかげだというのだが

たしかにそれもあるだろうけど、
その「経口摂取できない時期」をどう乗り切るかというのはその後に大きく影響するのだろうな、とも思う。
何を与えても口をあけず、それでも何か、と思っても嫌なものはダラダラと吐き出してしまう時期。
ウチの場合は水分なら少しずつ取れたので「メイバランス」という高カロリー総合栄養飲料をだましだまし。(入院時に知り、その後友人にアソートBOXをいただいた物)
これにはしっかりタンパク質も含まれている。
さいわい、いろんなテイストがあるので飽きないように。
まずはこれでカロリー摂取。
冷たいものを欲しがるので、このメイバランスを製氷器で凍らせ与えることでも体力の低下を防げたと思う。
第一の命綱メイバランス。(商品名出して申し訳ないですが・・・)

その後は、よりカロリーの高いもの。
そして脳や細胞の各働きにはやはり咀嚼が必要であろうと。

「おいしいお米の一口大のオニギリ」「ちゃんとした美味しいアイスクリーム」(共に友人から頂きました)
やはり「おいしい」というところが大切で、おいしければ食べてくれた。
そして「自分の手で食べてもらう」時間がかかっても。こぼれても。

無題 無題2

それと一口大の玉子サンド。
この
第二の命綱「手鞠にぎり、アイスクリーム、玉子サンド」で大切な回復期を乗り越えられたと思う。

分かってはいた。
分かっていたが、再度本当に心からつくづく感じるのは
「食べることは生きること。」
何より大切なのは「食べて出すこと。」
同じカロリー、同じ栄養でも
自ら食べて摂取するのと、胃ろう等チューブや点滴で体に直接入れるのとではきっと効果が違う。
食べて五感を刺激し、唾液をだし、食道を通り胃で消化し腸で吸収するということがエネルギーになり細胞を活性化させるのだ。
母と向き合っていると、理屈ではなく実感として様々なあたりまえを感じることが出来る。

我々に大切なのは
その「食べて出すという線上」で、どんな人生を生きるか。ということだけどね。


アイフォン2016~ 983

昨日たまたまつけた番組で「盲ろう」の子供たちの事をとりあげていて
なんと国は統計も取っておらず実態を把握していないとか国の予算は全くないとか。
「盲ろう」の子供たちをどう育てていくのか、そういう事も全て民間任せ。
それ自体ひどい話で腹立たしく思ったんだけど
海外から招かれた専門家が「盲ろう」の少女に接するシーン
少女が全くの情報なしに他人に接し、恐れながらも一生懸命考えて危害を加えない信頼できる人間だと
答えを出す過程に考えさせられた.
当然彼女の思考には言葉が無い。
言葉が無く、一人で答えを見つけないといけない幼い子供。

そして同日、またタマタマ93歳の訪問診療を開拓したという医師の番組もやっていて。(Eテレ恐るべし)
彼は「在宅で命を終えること」を50年以上信条とし仕事をしてきたけれど
自らが癌におかされ「いずれ息も出来なくなるほどの苦しみがやってきてそれは辛い。その時に入院するか。しかし入院して再度家に戻れないかもしれない。それとも苦しみの中在宅でその時を迎えるか」という選択を迫られる。
そして迷い、答えが出せない。

人間の可能性や、辛さ、信念や迷い。
強さと弱さ。人間らしさ。
そういう事を考えてしまった。

生まれてること自体がすごい事で自分の体を自由に使えることはさらに凄い事。
その上目標を達成するとなると相当に低い確率なんだろう、たぶん。

「何不自由ない体に生まれてきたのだから幸せなのよ」なんてことが言いたいわけではなくて、どんなふうに生れ落ちても生き物は、人間は、すごくて。凄いけど無力でもある。ということ。

世間的に功績を残した人だとしても無力であると同時に
足跡など何も残せていないと思っている人もそんなことはない。存在していることの足跡はしっかりついているということ。

価値観とは照準がどこにあるかで全く違ってくる。
成功したとか出来なかったとかの線引きはないのかも。極論。
固執してはがんじがらめだ。
できるだけ広い視野でもって自分自身、世間、社会、世界を見て感じなくては。

な~~んてことをつつましく考える日もあります。
でもたとえ嘘でも日々楽しく過ごさないとイカンです。

取り留めのない文章。
自分の覚書みたいなものです。m(__)m


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