shizuのタフな日々~私と仕事とシングル介護~

フットケア・心身メンテナンス「ハーモニー」主宰・マツサカのカミングアウト人生。 難病の進行性核上性麻痺を抱えるははを介護中。人生投げ出したいこともあったけど今はタフ。これからも淡々とワクワク生きていきたい備忘録。

2016年06月

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切ない。切なすぎると思う。
数日前目にした記事が。

当然昔からこういうたぐいの切ない事件は多いけれど、自分が介護する側の当事者になると事件を起こしてしまった当人の心持を多少は察することができるだけになおさら辛い。
47歳の女性(あっちゃん)がご両親を殺害してしまった事件。もともとお母さんの介護をしていたけれど、唯一収入を得ていたお父さんも体を壊してトイレさえ自力で行けなくなった。そのお父さんに心中を打診されたあっちゃんがおこした事件。

当然新庄風景はニュースで細かく流れないけれど、優しい気持ちがゆえに起こしてしまったやむにやまれぬ思いを言うのは想像するにあまりある。
親のめんどうでもなんでも、引き受けられる人というのはどんどんその深みにはまっていく。
周りの手をかりたり助けてもらうことを罪悪だとは思っていなくても、毎日の大変から、環境を変えるステップを踏み出せない。
一歩踏み出せれば少しづつそちらにシフトしていけるんだけど、どんなことでも最初の一歩は難しい。
特に親の介護と言うのはデリケートな問題で、身近に同じ問題を感じて考えてくれる家族がいればまだしも、一人でやりくりしている当人にしてみると親の下(排泄)のことやら食事のことやら生命の根幹にあるものを人に相談するというのは「もうお手上げなんです」と自分がギブアップしてるんだと認識するようなものだから。
ギブアップなんかしてないよ。大丈夫。と思い続け、他の介入をできるだけ回避しているとドンドン追い込まれる。
そこに収入の問題が絡んでくると本当にやっかい。
介護サービスにしろなににしろ、無料で受けられるものではないし、収入によって支払う額が違う物だからその現実にも何度も目を向けなくてはならないし、自分の恥部をさらすように感じることもあると思う。

でも、ここが肝心なんだけど、というか自分自身にも言い聞かせたいところでもあるけれど
行政サービスは利用してなんぼだ。
あちらから「こんなサービスいかがですか?」なんて誰も親切にやってきてくれたりはしないから
こちらから厚かましいほどにグイグイとサービス提供を要求するくらいのスタンスでないとタフには介護生活を送れない。
こんな不安定な世の中に泣き寝入りをしないためにも図々しく歩いて行かないとダメだ。
利用する人はどんなことでも利用している。
利用できるサービスはとことん利用して自分ののりしろを広げていかないと共倒れになってしまう。

一時期「鈍感力」という言葉がはやったけどあれだ。
本当の鈍感は問題だけど、敏感にキャッチできる部分と、意識的に鈍感でいられる部分をコントロールできれば心の負担も減らせるだろう。

介護生活を長く送っていると、自己否定に行きついたりする。
自己否定か、介護対象をまるごと否定するかどちらか。
介護によって時間も何もかもを自分に向けて利用できなくなるので、自己の存在が空しくなってくる。
そうなりたくはないし、そうなったとしてもそこから脱却したいし、それにはやはり他に介入してもらうしかない。
すんごく面倒くさいし、思うように事も運ばないこともあるけれど、でも最終的にある程度の自分の時間は確保できる。
そういう時間を持てないと感性も錆びついてくる気がして怖い。

だから一人で頑張っている優しい人たちにも介護サービスを受けてほしいし、役所の窓口でタフにいろいろと相談してほしい。
役所で打ちのめされることは全くないんだから。利用してる人はたくさんいるんだから。

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なんだかソワソワ迎えた訪問診療初日。

初対面時にはチャッチャと質問される流れとなり及び腰になった私。
今から最後の時を見据えて診療計画をたてていくという医者のスタンスに抵抗感を抱いたわけだけど
仕事をする医者としてはそんなもんなんだろうか、いやそういった医者ばかりとはかぎらないのでは。とか。
繰り返しそんな事を考え、父が終末医療(ホスピス)に入った当時を思い出す。
結果的に当人も家族もとても救われたホスピスだけど入所時はやはり耳に痛い事をいわれた。
ハッキリ言ってここに入所なさる方は約3か月ほどです。その間の生活には制約はなくご希望があれば治療も受けられます・・云々。
しかしなあ・・・受けようと思っているシステムは終末医療ではなく訪問診療だから「最後の時に向かって生活する」という意識は必須なんだろうか。

というわけでソワソワと迎えた初日。
こんにちは~。と入ってきた医者と看護師は笑顔笑顔。腹にイチモツのある私とはちょっと違う。
特に看護師さんの笑顔は私の気持ちをちょっと緩ませる。
どちらも母本人とは初対面。
「あら!お元気じゃないですか!笑顔もあって!」と医者。
そう。数々の面倒は病を抱えている85歳にしてはシッカリしている方だと私も思う。
医者はカルテを見て、病名やら年齢やらから自分の経験値で患者の想像をして
なんだ、おもってたよりは・・・というところだろう。

ショートステイの申し送り書を見せ、採血、体温チェック、血圧と進んでいく。
ほぼ毎月行っていた検診の通り問題は無く、次回以降の予定を立てて行く。
曜日は決まっているので月に二回、いずれかの日にちで私のスケジュールに合わせて入れてくれる。
そして看護師がウチのカレンダーに「往診・午前」とスタンプをペタン。
終始ニコニコ。帰りもニコニコ。

なるほど・・・案ずるより産むがやすし、なんだろうか。
人間同士、相手の環境を認識し直接関係性を作っていくうちにうまくまわってくれるのかもしれないからな、もう少し様子を見て判断するか、と思う。
ショートステイのように軌道に乗ってくるととてもありがたいよね。お医者さんに来てもらうというのは。

ソーシャルワーカーが患者の要求と医者の間に入って進めていくと言うのは
必要なシステムではあるんだろうけど、なかなか相手を想像しにくい。
特にソーシャルワーカーが「相手の」意思伝達が苦手な場合。
自分の意思を伝えるのが苦手な人間だっているわけで、他人の意思を人となりを交えて伝えるのは難しい。
しかしソーシャルワーカーというのは本来そういうしごとなのでは??とも思うけど
まだシステムの歴史が浅いのか若い人ばかりでちょっと空回り・・というのが正直な感想でもある。

う~ん。。。ケアマネさんにしてもソーシャルワーカー君にしても、とっても必要な仕事でありがたいんだけど
諸々の誤解やストレスを生まない為にも自分で出来る限り動かないとな。自分の為に。
考えて決めるのはこちら。プロにはお仕事として書類上の段取りをしてもらおう。と改めて感じたのでした。



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突然の入院を経て
奇跡的に(いや、本当に医者がそう言った。「脅威的だ」と)
退院後自宅で、どうにか依然と大差ない生活を送れている(?)母。
何のおかげなのか。母の生命力なのか、医療関係の適切な対応なのか。
いや、ここは是非とも私の判断力と献身的看護であると言ってほしい!

あれから二週間弱。
実は入院前から
「いや~、もうそろそろ訪問診療かもね」と話は進めていたんだけど
突然の入院騒ぎでいったん停止。
もっと着々と進めるはずだったんだけど思わぬインターバルによって
意思の疎通が難しいソーシャルワーカーさんとのギクシャクが改善されぬままの三週間。

訪問診療というのは、通院できない事情がある方が利用できる
とてもありがたいシステム。
月に一回か二回、主治医となる先生が診察に来てくれる。
血液検査や、レントゲンや、エコー検査だって出来る。
点滴など諸々の処置もできるし、先生の采配で看護師さんも出向いてくれる。
体調がすぐれない時には24時間電話相談だってできるし、担当医がかけつけてもくれる。
これはお願いするしかない。
そのうえ思いがけずに、難病指定病になり、胆管炎と言う疾患になったのでもう迷いはない状況だ。

入院前から話を進めていたにもかかわらず、なぜだかもたもたした動きではあるけれど
やっとこ「主治医となるであろう医者」と本日ミーティングが出来た。
このミーティングが必要なのかどうなのか、もっとショートカットで事をすすめられるのでは?!と
疑心暗鬼ではあったけれど、とりあえずお世話になるであろう医師との初対面。

医者は病院や訪問の沢山の患者を抱えているわけで
無駄なく、まちがいはなく、出来るだけ当人や家族の要望通りに事をすすめるのが仕事なので
ちゃくちゃくと事務的に進行しないとならない。

その通りです。よくわかっているんだけど
「まずはご自宅で看取りたいですか。この病気はどんどん体も動かなくなりますし、食も細くなります。そうなった時に在宅か、入院か。施設の手配はされてますか」と聞かれても、今現在どうにか自力で食事やらトイレやらをこなしているのでシュミレーションがしずらい。

確かに徐々にからだも効かなくなってくるでしょうし、その局面で対応していきたいと思います。
というのが多分普通の答えなんだけど
たくさんお患者を抱えているプロフェッショナルは「その局面いなってから考えるのでは遅いんですよ。いまから前倒しで考えていかないと」と。
確かに理論的だし合理的なんだけど、それに私が追い付いていけない。
きっとそういう人は多いと思う。
向こう(医者)にとっては当然でもこちらは、理屈では理解できてもそうそう合理的に物後とを勧められないでしょう。
初めてお会いした先生で、しっかりした頼りになる方だと思ったけど、関係性を築くのはこれからだなとシミジミ感じましたよ。日進月歩ですな。


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